成岩の史跡を歩く


成岩橋のすぐ東、鳳出観音教会(とりでかんのんきょうかい)に到着。
前回は成岩城址を散策。
その成岩城は天文12年(1543)に水野信元(家康の叔父)によって攻め落とされたのだ。

その時、攻める水野軍が攻撃の拠点にした砦がここ鳳出観音教会の所、即ち成岩砦。

 

 

成岩の史跡を歩く

成岩城攻防戦の砦。
歴史ロマンの宝庫、鳳出観音教会。

 

鳳出観音教会
多くの文化財を保有する名刹

 

 

小高い丘の上から当時は神戸川をはさんで成岩城が見えていたんでしょう。
今は建物が多く見晴らしはありよくない。

ここで攻防が繰り広げられていたのだろう。

 

戦いが終わり成岩砦には観音様が祀られ、砦(とりで)観音となり、
そして現在の鳳出観音に至っているのだろう。

 

 

 

行基廟塔

この境内に歴史的に凄いものが建っている。
「行基廟塔」(ぎょうきびょうとう)だ。

行基廟塔
行基廟塔

 

 

「天平二十年二月二日開創」と刻まれている。
開創とは寺院創設のこと。

開創の寺院は仏性寺(ぶっしょうじ)のことでしょう。

この寺院は成岩橋辺りから成岩神社辺りまで続く巨大なもので、幻の中世寺院といわれています。

 

天平20年は西暦728年。
奈良時代。

どんなお寺で、どんな高僧がいたのか。
また、1300年前の成岩はどんな町だったのか。

まさに歴史ロマンそのものだ。

 

 

 

馬場(ばんば)の招き地蔵

成岩橋を渡るとすぐ抱地蔵尊堂に着く。

ここも面白い。

 

抱き地蔵
抱き地蔵

 

 

 

明治初年、古い物を破棄しようという、行き過ぎた風潮があり、
古い文化財や仏像などが多く破壊された。

廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)と言われるものだ。

その時、ここ成岩橋近くに千体地蔵が安置されていたが、
それらも廃仏毀釈の名のもとに神戸川に投げ捨てられてしまった。

 

神戸川
神戸川

 

 

 

それから30数年後、地元の村人が神戸川の川底から偶然、頭のない石仏を発見。
村人はそれを哀れと思い、地蔵堂を建ててこれを安置。

やがて、頭の部分も作り。

清浄な姿にして村の地蔵尊として大切に祀ったのだ。

 

このお地蔵さんは、人の願いや伺いを聞くことができるという。
願い人が希望を黙祷して仏像を抱き、軽く抱き上げられる時は願望成就。

重くて抱き上げられない時は不成就と言われている。

 

 

 

「ふーがす」で休憩

明治期の商家を改装した素敵なカフェ。
パンがおいしい「ふーがす」(半田市寺町一三一)というお店。

 

ふーがす
「ふーがす」環境に溶け込む古民家で佇まいはまさに明治。

 

 

まさに明治の建物。

店内も昔の内装が残っている。
米問屋だったというから大きな金庫がある。

ここは半田港の近くだから米の取引には絶好の場所だったのだろう。

 

 

次は阿久比です。

 

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